WBCの熱狂のあとで

WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)が終わって早くも1週間が経つ。

 

スポーツ国際大会の熱狂には、少し距離がある私だが、やはり日本チームのオールスターで挑む大会には血が湧き踊る。細やかなシーンでも、準決勝メキシコ戦に於ける91点ビハインドでの大谷翔平選手のツーベースヒットからの鼓舞、そして村上宗隆選手のサヨナラヒット、決勝戦での同点ホームラン、大谷翔平VSマイク・トラウトエンゼルスのスター同士の9回の対決と見どころはたくさんあり、連日ニュースで取り上げられ、日本全体が祝賀ムードに包まれ、それ自体はとても好ましいと思う。

WBCにはポジティブな点とネガティブな点がそれぞれあった。その中で最もポジティブだと思ったのはヌートバー選手の加入である。彼はアメリカ国籍のいわゆる日系ハーフである。実は招聘が発表された当時は一部の野球評論家やワイドショーコメンテーターが批判的であった。理由は彼が売り出し中の若手で本当に代表に呼べるほどの実力の持ち主なのかという疑問がメインだった。MLBNPBの成績を比較するのは難しい。特に打者成績の比較が難しい。イチロー選手のようにほとんど変わらない成績をMLBでも残す選手や、大谷翔平選手のように更に好成績をあげる選手もいれば、秋山翔吾選手や筒香嘉智選手のように全くの期待はずれに終わる選手もいる。全体のレベルでいえばMLB>NPBなのは明白なのだが、昨年度の打率.228ヌートバー選手がNPBの打率に換算するとどのくらいなのかは未知数である。

ただ、こういうヌートバー選手の加入を疑問視する意見の背後には日本の大げさに言えば排外主義的発想、マイルドに表現しても内輪の結束至上主義的な感性が働いているのではないかと勘繰ってしまう。

「日本の野球は自己犠牲、チームプレーに徹し、日本人同士だからこその阿吽の呼吸ができるのだ」というような感性である。

今回ヌートバー選手がそんな下らない幻想を鮮やかに打ち砕いてくれた。彼のプレイやパフォーマンスはとても素晴らしく、日本中を熱狂させた。もちろん彼の優れた人柄によるものが大きいと思う。ナショナリズムが高揚するスポーツ国際大会大会でヌートバー選手のような「異邦人」が日本チームに加入し、チームのムードを牽引し、フィーバーを起こしたことはこれからの日本社会にかなり良い影響が起こるんではないかと期待してしまう。

しかし、ネガティブな点もある。その中で最も大きいのは「嫌韓」である。

2002年のサッカーワールドカップが土壌になったともいわれる日本の「嫌韓」だが、また今回もあらゆる形で噴出した。韓国の代表チームのコ・ウソク投手が「大谷とは真っ向勝負がしたい。でも投げる場所がなければ、痛くないようにぶつけようかな。」と冗談まじりに発言したところ、ネットはこれでもか!と叩いた。

日本・韓国戦でキム・ユンシク投手がヌートバー選手にデッドボールを与えたところ、激しいブーイングが東京ドームに響いた。TwitterでもYahooコメントでも韓国への非難轟々である。そして、あまり話題になってないが、スポーツナビという野球のテキスト速報に「みんなのMVP」というコーナーがある。要は試合ごとの選手へのファン投票だ。確認できる方は見てほしいが、日本戦以外も含めて韓国チームの「みんなのMVP」は「該当者なし」ばかりである。わざわざ、日本が絡んでない試合まで、「お前らのチームにはMVPはいない」とクリックしに行く人たちが投票者の半分程度いるのだ。何がそこまで駆り立てるのか、全くわからない。だいたい野球チームを応援していれば、過去にたくさんの韓国人プレイヤーがチームに所属し主力の働きをしているし、カミングアウトの有無に関わらず、韓国・朝鮮をルーツにもつ選手はたくさんいる。帰化している選手もいれば、そうでない選手もいる。サンデーモーニングで強烈に反米反MLBのスタンスを貫いた張本氏を筆頭に「誇らしい日本野球」には韓国選手、在日コリアン選手は確実に含まれている。素直に自分が所属や縁のある代表チームを応援すれば良いのに、わざわざ、どこかを嫌う必要なんてない。

ただ、とても微妙なのはスポーツにはネタとしてのアンチという概念があり、これがエンターテイメントのスパイスとして機能している部分もあることだ。国内のリーグ戦ならば、やったり、やられたりのお互い様であるし、東京VS大阪の対立を敢えてやるから、巨人阪神戦は盛り上がる。ある種の因縁を敢えて強調することは自覚的にやる分には一種のネタとして楽しませるものであろう。問題は自覚的であることと、相互にやったり、やられたりの関係が対称的であること。今回のWBC東京ラウンドにはそれはなかった。全て日本がホームグラウンドてあり、多くの観客は日本チームを応援し、韓国は常にアウェイを強いられたからだ。そしてWBCは極めて商業主義的な大会なので、WBC大好き国家の日本は常に贔屓され続ける。3年後の2026年にも大会はあるが、また東京ラウンドは行われるだろう。公平性のために持ち回りでやることはない。

商業主義的なスポーツ大会というと、東京オリンピックのさまざまな問題を思い出し、ネガティブなものとして語られることも多いが、私はWBCに限っては商業主義だから悪いと一概にもいえない。全く平等でも公平でもない大会なのだが、野球はぶっちぎりでアメリカが強すぎるのだ。正しくはアメリカというよりMLBだ。今季から吉田正尚選手をはじめ日本で活躍した選手が目指す場所はMLBだし、何より大谷翔平選手も最初は日本球界を無視して直接MLBに向かおうとしていた。世界2位のリーグをもつ日本ですら、この有り様であるから他国は推してしるべしである。だから、MLBのシーズンの影響を最小限にすること、高額契約選手の疲労や故障に最大限に配慮すること、といった要件を守れないとトップ選手たちが参加する国際野球大会は不可能だ。いちおう中立的な組織が主催する国際大会もあることはある。例えば2024年に開催予定のプレミア12がそうだが、MLBのシーズン後に行われ、多くの選手は疲労や故障リスクがあるのでMLB所属のトップ選手が集う大会とはならない。

日本だって、かつては国際大会のプロ派遣には消極的だった。若手選手や二軍選手を中心に派遣したりしていた。2004年のプロ野球再編問題や地上波放送の低迷、撤退を経てサッカーワールドカップに刺激され、国際大会に注力しはじめた。そもそも第一回WBCは今回と比べものにならないほど盛り上がってなく、イチロー選手の参加といくつかの奇跡が噛み合い優勝できたので事後的に注目されている。

スポーツの主役はプレイヤーだ。いくら形式だけ整えてもスター選手の参加が無ければ盛り上がる事はない。決勝戦のクライマックスが同じエンゼルスに所属するMVP獲得者のマイク・トラウト選手と同じくMVP獲得者の大谷翔平選手の対決だからこそ血潮がたぎる。東京オリンピックでも日本代表チームは優勝したが、アメリカ代表チームの投手は他国リーグで活躍している選手やマイナーリーグの選手たちだった。同じシチュエーションでも、東京オリンピック形式なら、横浜ベイスターズの山﨑康晃選手とオースティン選手になる。熱狂的な横浜ファン以外は前者の組み合わせの方が興奮するだろう。

あまりにも野球はMLBの力が強すぎる。この現実から始めるしかないと私は思う。だから、商業主義をどこまでも突き進んでWBCの存在をMLBが軽視できないような方向で発展するしかないと考える。

(主催が軽視するというのも意味不明な表現だが。)

具体的には中国や欧州での野球人気が加熱し、放映権ビジネスの発展などになるだろう。日本はここに協力するべきで、欧州や中国に日本選手を派遣したり、独立リーグに受け入れの間口を広げたりするべきだ。NPBMLBと比べて経済的に弱い構造にある。だから、現状だと各球団からの経済的支援が必要だろう。今回、世界一となったのだから、その世界一に対するノブレス・オブリージュ的に世界の野球振興にもっと積極的になって欲しいと願う。

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めちゃくちゃ余談だが、「サムライJAPAN」という呼称はもともとは「WBC日本代表」という名前のグッズ等を作ることがMLBとの規定から出来なかったことが原因の「ハック」的なやり方である。

ただ結果的に呼称を継続することにより、盛り上がることが出来た。商業主義のたまものだが、うまく作用することもある。

さらに余談。WBCの東京ラウンドはめちゃくちゃ日本有利だったことに言及しているメディアが少ない!だいたい日本は全部19時開始の日程だ。これは当然、放送が理由。他国は19時から23時まで試合をしたあとに、翌日のお昼12時にまた試合とか苦労する日程だった。これは改善すべきところ。無邪気に日本を応援するのもいいが、あまりのアンフェアさに申し訳なさが勝った。

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★おまけ★

ゲンロンで野球イベントするなら?を勝手にブレストする。

①石戸諭さんによる「栗山英樹論」

シラスでやったけれど、ゲンロンカフェなら栗山さんを呼ぶこともワンチャンある!?

②スポーツとナショナリズム

拙文の「嫌韓」とか香山リカさんの「ぷちナショナリズム」的なトーク国威発揚ウォッチの第一人者がスポーツに弱いので期待出来ないが、現在の日本でナショナリズムを発散できる機会って国際大会になると思うんですよね。

③スポーツとビジネス

東京オリンピック汚職まみれ、2002年のサッカーワールドカップに作った札幌ドーム問題。公金を投入したからこそ禍根が残るもの、うまくいくもの。逆にMLBの商業イベントだからこそWBCがうまくいった部分、問題が残る部分。こういうものを比較してトークするのは面白いんじゃないだろうか。